戦前に建てられた同潤会アパートは、鉄筋コンクリート造の集合住宅でありながら、かつての共同居住が育てていた古くて懐かしいものをたくさん残していた。同潤会は、大正一二(一九二三)年の関東大震災のあと、首都の復興を目指して当時の内務省が設立した財団法人であるが、大正一五(一九二六)年から昭和九(一九三四)年にかけて、東京と横浜で計ハ箇所の鉄筋コンクリート造の集合住宅をつくっている。中でももっとも代表的なものは、同潤会最後の江戸川アパートである。
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一九二〇年代のヨーロッパは第一次世界大戦が終わり、都市のさまざまな集合居住の試みがおこなわれており、ここから学んだものとわが国の伝統的な居住様式を高度な形でつくり出したのが、江戸川アパートであった。江戸川アパートは中庭を取り囲むようにして住棟が配されており、一階には社交室、食堂、共同浴場が設けられていた。これはまさに、ローマのインスラや円形土楼、そしてわが国の町屋にみる伝統的な集合居住のあり方を近代に引き継いだものといえる。しかしながら、現在のマンションは以上に述べた集住形態のいずれともどこかで大きくずれている。